ある駅で、いつも見かける老婆。駅の改札を出た場所。いつも同じ場所で下を向いて正座をしていました。丸まった背中が印象的で、小さくなって片隅にちょこんと座っていました。誰かが声を掛けている姿を見たこともありますが、次行ってもやはりそこに居られました。私はその駅には、本当のたまにしか行かないのに何年も何年も同じ場所で見かけました。
今は駅自体に改修工事が行われ、その場所にはロッカーが出来てしまい老婆を見かけなくなりました。当然行方は分かりません。
”実は、その老婆が私のきっかけです。”
当時、私は全く別の仕事をしていたので、その老婆の前を足早に過ぎ去っていくことしかできませんでした。心の中では、いつも「助けたいな。声を掛けたいな。」と思っていましたが、「何ができる?」の自らの問いに対して答えは、「何も出来ない」でした。自分が出来ることが何もない状況を再度確認し、己の不甲斐なさを嘆きながら去ることしかできませんでした。そんなことが数年間、何度も続きました。
今でもその老婆の丸まった背中を鮮明に覚えていて、目を閉じると浮かんできます。
今でもその場所に行くと、無意識に老婆が居ないか探してしまいます。
仮に自分の大切な両親がそのような状況に追い詰められたら?自分は何が出来るのか?親孝行って一体?「助ける!」と言う言葉は、どんな力を持っている人が発することが出来るのか?本当の意味で、どん底にある人が「助ける」と言う言葉を聞いて、何を期待するのか?
そのようなもやもやした思考・気持ちが現在も残っています。払拭するには努力して力を手に入れるしか方法は無いと思いました。私は本当の意味で人を救う意味を考えます。あの老婆を救いたい。家の無い人、お金が無い人、健康の無い人…足りない物・場所を補うことが救うことになりますか?いくら物を与えても、その人の気持ちに希望が無いと意味がないですよね?
最後に行きついたことは「生きる目的を失った人を救いたい。」です。全ての原点は「希望=ホープ」だと思い、社名にさせていただきました。生の大先輩である 彼ら、彼女らに 尊厳の気持ちをもって「大丈夫ですか?」と真心で自信をもって聞いてみたい。聞いてみて「大丈夫じゃない」と答えられたときに、その人に必要なすべての手続きをしてさしあげて、居・食・住を提供できるように…しかも、私流で一瞬で。いますぐに!そんな力が今でも欲しいと、この瞬間も思っています。
ホープはそんな私のわがままな思いで設立しました。人助けって難しいですが、困っている人を本当の意味で少しでも助けることが出来たら、本当に嬉しいと思います。それは自己満足だと思いますが、同じ気持ちを持った福祉の気持ちの強い方は多く居ると思っています。私たちは、そんなあったかい気持ちを持った集団であり続けます。私一人の力は小さいですが、同じ志を持った人が集まり会社になり、家族になれば、、、もっと広くに暖かい福祉の輪が広がると信じています。人が生きるのに必要な、衣食住の「住」をベースに「介護・医療」サービスを誰もが平等に受けることができ、社会資源を有効的に使えるような社会に…困っている方の為にどんなことでも出来るように準備しようとすると、課題は山積みです。
しかし、地域の一助となれるように努力は惜しみません。
代表取締役 井嶋 和貴


